「終わった〜!」
達成感と共に絞り袋を置く。目の前には、生クリームで覆われたのみの真っ白なケーキ。
「お疲れ様です、渚さん」
ビジョンが労いの言葉をかけてくる。そう、私は今、ビジョンと二人でケーキを作っているのである。
今日、お父さんは仕事だが、学生である私は絶賛夏休み中のため暇を持て余している。そこで、お父さんの誕生日ケーキを作るのを手伝ってくれないか、とビジョンに頼むと彼は二つ返事で了承してくれたのだった。
誕生日ケーキを作るというのは建前で、そうすれば家にビジョンと二人きりになれると思ったのだ。お父さんは娘の手作りケーキに喜ぶだろうしで一石二鳥、我ながら良い作戦である。
「クリームが終わったので、苺を乗せていきましょうか」
「うん」
「ケーキ作りの動画とか色々見たんだけど、クリーム絞るのって難しいね。大きさがまちまちになっちゃった」
デコレーションの要となるため、本当はビジョンに頼みかった。だけどうちにはハンドミキサーが無いため、生クリームの泡立ての方で既にビジョンに甘えてしまったのだ。
「そうですか?アンドロイドの私から見ても誤差の範囲内だと思いますよ」
「……流石に範囲外だと思うんだけど」
明らかに大きいものと小さいものが存在するため、パッと見でも上手く絞れていない事は明らかだ。
「そこはまあ、人木さんの適当な感覚が感染ったのかもしれませんね」
「そういうものなんだ」
私が言うと、ふふっとビジョンが笑う。
「渚さんは、やっぱり人木さんとよく似ていますね」
ビジョンの視線から目を離せず、思わずどきりとしてしまう。
そう言って私に微笑むビジョンは、余りにも優しい目をしていたから。
そうでなければ、女子としては父親に似ている、などと言われてもちっとも嬉しくはない。むしろ言われたくはない。
「あ、いや、見た目の事を言ったのではなく。それで言うと、渚さんは断然早苗さん似ですし……」
そんな女子の心情に対し、失言をしてしまったと気がついたのか、ビジョンは慌てて自分の発言を撤回しだす。ビジョンのこういう所こそ、むしろお父さんっぽいと思う。
「誤魔化さなくていいって」
「すみません、気をつけます……」
しょんぼりするビジョンに、くすりと笑いながら作業に戻る。
正直な所、私を父親似だ、と言うのはビジョンくらいだ。親戚の誰にもそのように言われた事はない。実際、お父さんに似ているのは眉毛と、手の形くらいだ。お父さん側のおばあちゃんと叔母さんからは、お父さんに似なくて良かったとすら言われた事がある。
そんな事を考えているうちに苺を乗せ終わり、真っ白だったケーキには紅が彩りを与えている。
「さて、後はチョコプレートだけだね。ちゃんとチョコペンも用意してるから。ビジョン書いて」
「えっ」
ビジョンが固まる。自分が書く想定は頭になかったようだ。
「だってビジョンが書いた方が絶対に綺麗だもん」
「人木さんは、渚さんがメッセージを書いた方が喜びそうですが……」
「私が書いたら、むしろお父さんが読めなくなっちゃうって。”お父さん”って入れておけば、お父さんの方は私が書いたと思うだろうから、大丈夫大丈夫」
私の方に折れる気配が無いと判断したのか、それでは代わりに、とビジョンはチョコペンを手に取ると、文字を書き連ねていく。
その手つきには迷いがなく、チョコレートの文字はまるでケーキ屋さんに頼んだかのような出来栄えだ。
「あ」
「……どうかしたの?」
やってしまった。というトーンが含まれている、”あ”だった。私はビジョンの手元にあるメッセージプレートを覗き込む。
“お父さん 誕生日おめでとうございます”
プレートにはそう書かれていた。
「おめでとう”ございます”と、書いてしまいました……」
「……確かに私だったら書かないかも」
「渚さん、本当にすみません。せっかく、渚さんが人木さんのために作ったケーキを台無しにしてしまって……」
「そんな。私が書いてって頼んだんだし、ビジョンが気にする事じゃないって」
「ですが……」
ビジョンは本気で申し訳なく思っているようだが、台無しなんてそこまで気に病まなくても。そもそもがこのケーキ作りも、お父さんへのお祝いついでにビジョンと二人きりの時間を楽しみたいという、私の下心ありきの計画だ。
「お父さんが気づいたとしても、アンドロイドなのになんで間違えるのって笑うだけだよ。それどころかお父さんの場合、気づかない可能性も全然あるし」
「……確かに、人木さんならありえます」
ビジョンがくすりと笑う。
実際、お父さんの反応はどうだろうか。私の予想としては、メッセージの違和感には気がつくが、指摘すると私に怒られるので黙っておく、だと予想する。
「誕生日だし、やっぱりプレートがある方がいいね」
ケーキの中央にプレートを乗せると、一気に”誕生日ケーキ”として完成した気がする。ビジョンに手伝ってもらっただけあって、なかなかの出来なんじゃないだろうか。
「人木さんが帰って来るのが待ち遠しいですね」
来年もこんな風にビジョンと一緒に、お父さんの誕生日をお祝い出来たらいいな。そんな事を考えながら、完成したケーキを冷蔵庫に仕舞ったのだった。
