旅行SS「記念品」

SS_蓮根

※旅行最終日の空港のビ海。

一通り博多での観光が終わり、あっという間に本土に帰る日となってしまった。福岡最後の昼食には締めとしラーメンを食し、人木さんはご機嫌そうだ。

「まだ時間もあるし、空港でいろいろお土産も見れますね」
「そうだね、もう少しのんびりするかあ」

人木さんはビジョンの行きたいところについて行くと言うので、遠慮なくお土産に寄らせてもらった。有名なお菓子や、ラーメン、明太子に胡麻サバ、もちろんちょっとしたご当地の置き物や雑貨なども置かれているバライティの豊かさを売りにしているお土産屋さんだ。

「あっ、人木さんこれなんか可愛くないですか?」

明太子の被り物をした有名なくまのキャラクターを指差す。ご当地限定のグッズのようだ。

「これ、記念にちょうど良さそうですし家に飾りましょうよ」
「ああ、いいんじゃない?」

上の空とまではいかないが、そこまで興味がないのだろうか、人木さんはすぐに軽い返事を返す。

「もう、人木さん真面目に答えてます?」
「真面目には考えてるよ。ビジョンさんが好きに選んだら良いんじゃないって思ってる」

素直にあっけらかんと言われ、やや大袈裟に肩を落としてみせる。

「まあ、人木さんならそう言いますよね」

私は可愛らしいご当地ぬいぐるみを一つ手に取り、会計に持って行くことにした。一通りスパローの皆んなへのお土産も購入しつつ、再び空港のロビーをぶらつき始める。

「人木さん、次に行きたいところとかありますか?」

人木さんとの旅行が楽しかったので、私は浮ついた気持ちで聞いてみることにした。

「私はまた人木さんと旅行したいです。思い出がたくさん増えたら嬉しいから…」

私はこの旅行の全てを覚えている。しかし、そこで私は自分と人木さんとの違いを思い出した。

「でも、人間はアンドロイドとちがって忘れてしまうこともあるんですよね……」

忘却。それは人間の脳の機能の一つであり、機械である自分にはあり得ない現象だ。外部要因の故障により、メモリーが紛失することはあるが勝手に記録が削除されることはシステム上生じることはない。

「忘れるって、人間にとってはどんな感じなのですか?私たちには体験できませんから」

人木さんの方を振り返ってみると、ふいに目が合った。

「忘れてしまったことは、人間にとって大事な記憶ではないということなのでしょうか…」

うーん、と一つ考えるような間を置いて人木さんは言う。

「難しい事聞くなあ、お前」

寂しい気持ちが表情に出てしまっているのか、自分の珍しく神妙な面持ちで人木さんは話し出した。

「なんだろうな……そういう事実があったっていうのは覚えていられるんだよな」

昔のことを思い出そうとしているのか、視線を上に向けながらぽつぽつと言葉を紡いでいく。

「昔家族で遊園地に行ったりもしたけど、朝に何をして、昼にはこうして、夜は……みたいな、そんな細かいとこまでは覚えてらんない。覚えてるのも、身長が足りなくてアトラクションに乗れなくて外で父さんと待ってた、みたいなしょーもない場面。何に乗れたとか、楽しかったとかは全く覚えてねえの」

呆れたように笑いながら、自身の思い出を話す人木さんは新鮮だ。くすりと、こぼれ笑いが自分からも漏れる。

「へぇ、人木さんの小さい頃の話ですか」

もっと聞きたいとリクエストを言う前に、人木さんはトーンを一つ落とした声で私を見つめる。

「お前からしたら、せっかくの記念を一から十まで覚えられない奴は嫌?」

そんな風に言われると、少し困る。

「そんなことは……ないですけど」

咄嗟にそう答えたが、やはり違うような気がして訂正する。

「やっぱり嘘かもです……私自身のわがままだって思うけど、完全に一緒の感覚じゃないのは寂しい、ですね。アンドロイドだったら、そんなことはありませんから」

人木さんがアンドロイドだったら本当に1から10まで、その日の景色も、全ての会話も、空気の湿り気さえ、なにもかも、記録して共有できるのに。ふてくされた気持ちでそう口にすると、人木さんは困ったように眉を顰めた。

「いやこっちからしたらそこまで全部覚えてるのって頭パンクしそう。人間の処理能力には限度があるんですって」

ロビーの空いた椅子に座り込み、人木さんは一息つく。私はその隣に当然のように並んだ。

「なんか軽いノリで言ったこととか持ち出される事もあんのかな……」

人木さんがひとりごちたことも、私の聴覚ユニットには充分な音声として拾うことができる。記録しているので細かく相手を追求するのに、話を持ち出すことはできるが……まだやっていないはずだ。人木さんに些細なことで嫌われたくはない。

「でも、人木さんが忘れちゃっても私が答えれば良いんですよね」

話と考えを切り替えるために、わざと明るい口調にする。人木さんに気が付かれないように、そっと相手の小指と自分の指が触れ合うようにくっつけた。

「そうそう。俺の方はアバウトに覚えておくから、細かいとこまで覚えておくのはビジョンさん担当という事で」
「まあ衝撃的な場面は人間もそう簡単には忘れないもんだけどね」

人木さんは子供のよう「いたずらっぽく笑いかけてくる。

「ビジョンさんがマジックをお見せしますよとか言うから出来るのかと思ったら、素人レベルだったのは、ボケても覚えてる気がするよ」
「む……」

意地悪なことを言われたせいか、自分も人木さんを恥ずかしがらさせたくてとあることを思いつく。人木さんに寄せていた手を重ねて、ぎゅっと握る。人木さんは人前では恋人らしく振る舞おうとするのを避ける傾向がある。きっと、手を握るという行為は人前では恥ずかしく感じるはずだ。

「人木さんが恥ずかしがっても無駄ですよ。しっかり掴んでますから」

しかし、人木さんの反応は自分が想像していたものと違った。

「どう言う事???」

人木さんは何の躊躇もなく私の手を握り返した。

「これくらいならそもそも別に恥ずかしくはないけど」
「えっ」
「お前普段、聞いてるこっちが恥ずかしいと思うような事を平気な顔して言うくせに、手繋ぐのが恥ずかしいってどういう事なの」
「えっと……」

言われれば、それはそうかもしれない。自身の言った記録を一字一句思い出し、なぜか羞恥心に駆られ始める。

「あっ、あっ……」

まともに人木さんの顔が見れない。今まで言ったことはもちろん、紛れもない本心からだ。なのになぜか、人木さんに改めて問いただされて初めて自分が人木さんに囁いた睦言にむず痒くなった。

「あれ、ビジョンさん?」
「うぅ……」

付き合い初めたばかりでもないのに、手を繋いでいるのすら恥ずかしくなってきてしまい、人木さんを直視できなくなって目を逸らした。

「この記録を削除したいです……」

恥ずかしいはずの記録。自分自身でデリートする選択はいくらでもできる。しかし、それは旅行から帰った後でも削除できぬまま保管されているのだった。